2008年1月14日 (月曜日)

精神的なわばり

 過密・過剰・・・都会で生活するには人が多すぎる・物が多すぎることから不快に感じるシーンに出くわす。例えばエレベーターや満員電車の中では他人との距離が近いために特に不快感を感じてしまう。

 ただ自分にとって親しい人だと近い距離であっても不快に感じない。これは心理的に人の距離感を分別しているのだと私は感じていた。

 今日手にした心理学の本にはこうした距離感を「精神的ななわばり」と表現していた。

 なわばり。人も生き物だと実感させる響きだと思う。なわばりと聞くと私は犬を思い浮かべる。散歩中におしっこを木などにつけたりする光景だ。

 私が読んだ本では、人間のなわばりは、40センチぐらいが親しい人間との距離(体が触れる距離)、120センチぐらいが個人的な距離(手が触れる距離)、そしてそれ以外が社会的な距離となるそうだ。特に関係ない人が120センチ以内に近づいてくると警戒したり、あるいは不快に感じたりするそうだが、確かに当たっていると感じる。

 しかし犬のように実際の行動でなわばりを示すのではなく、脳で自分のなわばりを決めてそこに入ってくる人を分別するのは、脳が発達した人らしいと思う。

 ただこの距離感は人の生活環境で変化するそうで、都会のように過密な空間では相手に対して無関心な態度を持つことで、自分のなわばりに他人が入ってくる機会で過剰に反応することを回避しているそうだ。

 都会の人が冷たく感じられる、あるいは集団でいると他人に無関心になってしまうのは、人のなわばり意識が関係しているとは思いもしなかったが、人も「なわばり」という動物的本能が残っているということが少し発見だった。

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2007年12月30日 (日曜日)

お世話になりました。

 今年もお世話になりました。

これまでいろいろ書いてきましたが、最近はしばらく更新しない日々が続いていましたが、12月に入ってから、少し心境が変わってきました。

 思った事・感じたことを整理する。あまりに「忙しい」を連発し、何にもかにもから逃げていたような気がします。

そういう意味で来年は少し変わってみようと思います。新年は8日から再開します。またおつきあいください。

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2007年12月16日 (日曜日)

イメージの成分

 「今日は珍しいですね、ご自分用ですか」

レジで代金を支払う際、お店の方からこんな声をかけていただいた。

そのお店は私はちょくちょく顔を出している。小さな雑貨屋さんであるが気の利いた商品から、見た目ではなんだかよく分からない(大抵そういう商品はなるほど!!と驚く使い方や機能性に優れている)物が並んでいる。私は友人へのプレゼントや自分の部屋で使う物をそこで買ったりする。

前回訪れたときは昔お世話になっていたお店(ドッグカフェ)の3周年記念に犬のポスターを買った。そんなプレゼントを買ったりする機会も多いので、レジ先でラッピングする印象から店員さんは、今日はラベリングがないので「珍しい」と感じられたみたいである。

でも買っている回数でいえば圧倒的に自分用に使う物が多い。それはほかのお客様と同じ。一人のお客様のお買いあげと変わらない。

しかしプレゼントの場合は金額も変わってくるし、ラッピングも丁寧にしてもらう。そういった普段とは異なる特異性が印象に残ったのだと思う。

 人は流れゆく日々をあまねく記憶することはできない。だからこそ変わったこと、印象に残る出来事が強く刻まれていく。そうした印象が集まりイメージが作られる。私の場合、本人が思っているのとは異なる人物像を描かれる場合が多い。多分普段あまりしない特異な印象が大きく影響しているものだとは思うのだが・・・

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2007年12月 9日 (日曜日)

脳で食べる

 スーパーに出向くと食品の産地や生産者について写真やコメントが添えられていることが多い。野菜の品質や鮮度の良さよりも、提供される周辺情報のウエイトが大きくなっているのではないかと思う。大量生産されているのに、そこまで安全性を求めても、どこまで保証できるのか、難しい世の中です。

 お菓子会社や牛肉加工会社・料亭な食品の偽装に関する話題が今年は多かったような気がします。

 自分たちで食べるものを作れない消費者にとって、食品の安全性を担保するものがラベルや企業のモラルにかかっているとは、とても危ういですね。

 しかし食品を選択する際に基準となる情報は本当に正しいのでしょうか。

 例えば船場吉兆では但馬牛を佐賀牛と産地偽装をしていたそうだが、お肉自体の評価は佐賀牛の方が上であるから、我々はいかにブランドや表示によって食を選んでいるかを象徴しているように感じてしまいます。

 別に高級品に限った話ではないのです。お昼のテレビ番組で「これが体にいい」といわれると一斉にブームになったりするのは日常の事。どんな食事でも過剰に摂取すれば毒になるだけで、結局は自分たちで食事でコントロールしていくしかない。そう考えると人は食べるものを舌で味わうのではなく、脳で味わっていると捉えるのが正しいかもしれません。

 昨日、いつものイタリアン料理店で夕食を食べていると隣のお客人がシェフに質問をしていた。そのお客様は店内に置いてあるブロックのチーズを初めてみたらしく、「どこで作られているのか」「チーズによる味の違い」など質問していました。

 料理や素材の裏側を知ることで食べた料理に対する見方が変わります。料理が自分の口元まで運ばれてくる一つのストーリーを読み取るように。自分が心からおいしいと感じられるものを脳で味わうのが一番ではないのかなあと感じた夜でした。

 PS、会社の売店で買ったサンドイッチ。作った人の顔写真が載っていました。こんなものまで脳で味わう必要性はあるのでしょうか?

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2007年7月14日 (土曜日)

食のユニバーサルデザイン

 また、くだらないことでも書きたくなったのではじめました。(まるでラーメン屋の冷やし中華始めましたみたいだけど)

 最近気に入っているイタリアン料理店がある。そこで魚介のピザを注文し、ちょっと感動してしまった。

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 ピザの端に貝がトッピングされている。だからピザが持ちやすいのだ。意外とどうでも良いように見えるのだが、実際に持ってみると食べやすい。ピザは焼きたては熱くて持ちにくく、手もソースやチーズで汚れてしまう。おまけに持ちづらい。そんな日頃の悩みを解消してくれるのが、このトッピングである。

最近ユニバーサルデザインの商品が多いが食品では結構少ない。これは食のユニバーサルデザインといえるのではないだろうか。

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2007年4月19日 (木曜日)

だめだなあ

 最近ネットのない環境にずっと生活していて、情報に疎くなっている自分がいる。

いつも見ていたブログは大量に更新されているは、知り合いのアーティストはメンバーが抜けるわ、驚きの連続です。

本当は今日はそのアーティストのライブがあったのですが、ネットのないおかげで、スケジュールは確認していないし、予約もできていない・・・

 当日券もないみたいです...  ラストぐらい見たかったなあ(本音)

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2007年4月 3日 (火曜日)

気楽な稼業

 故植木等さんが出演した作品「サラリーマン」シリーズ。サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ。というフレーズは有名です。しかし残念ながらサラリーマンになってみたものの、気楽な稼業ではないことを改めて感じさせられました。

 多分、一番気楽な稼業とは、学生だと思います。

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2007年3月22日 (木曜日)

刺激の受け入れ方

 最近少し考えたことがある。それは人が入ってきた刺激にどう反応、取り入れていくかである。人にはいくつかの段階があるように思う。

 私の姉夫婦には長女がいる。2歳ぐらいの頃だっただろうか。目に入る刺激に敏感に反応していたように思う。お気に入りは「自動販売機」だった。最近の自販機はお金を入れるとボタンが点滅する。それを追いかけて手で触るのを楽しんでいた。

 幼い頃は誰もが、目から入ってくる刺激が楽しい時期である。テレビもよく見るし、水面がキラキラ光っていると手に触れてみたくなる。そうやって外の景色に反応し、記憶を形成する。

 しかし身近な世界の景色は10歳にもなれば見飽きてしまう。つまり入ってきた刺激に対して、反応が鈍くなってしまう。だから新しい刺激を求めるようになる。例えばロックやポップスの音楽に興味を持つようになる。こうした音楽は聞いただけで歌詞を覚えていると、正確なフレーズではない場合がある。だからJ-POPは往々にして早口でわからないと言われる。でもそれぐらいが新しい刺激となって若い世代に受け入れられる。

あるいは深夜ラジオも中高生が一番はまる。あるいはプリクラや絵文字のようなメッセージ性のある画像や文字を使うようになる。はっきり言ってギャル文字や昔のポケベルなんて実用的ではない。遊びの領域だ。でもその楽しさ(刺激)がちょうどいいのだ。この頃は、変わった刺激を求めることと、その刺激を自分も創作する立場にある。それを楽しんでいる。

 今日、卒業式があったのだろうか。制服姿の学生が花束を手に駅のホームにいるのを見かけた。携帯電話はキラキラ光るデコレーションがされていた。やっぱり刺激がある方がいいようだ。でもそんな刺激もやがて飽きてしまう。30代になって、ガングロの人は見かけないし、暴走行為をしている人もいない。私が見かけた学生も社会人となってそんな刺激を求めなくなる。たぶんそのころはまた新しい刺激を、次の世代が作っているのだろうと思う。どんなことが流行るのだろうか。たぶん私には理解できないかもしれないが。

 

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2007年3月20日 (火曜日)

なるほどね。その2

今日もなるほどと思える言葉に出会った。
(出会ったの所は下条アトム風に言うとよい)

「昨日の贅沢は、今日は当然になり、明日は必需品になる」

最近ハイビジョンのHDDカメラが発売されて、欲しい欲しいとカタログを眺める日々。ビデオカメラはすでに持っているのに、欲しくなる。今の自分を言い当てている言葉でした。

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2007年3月19日 (月曜日)

デジャビュではない

 今日もニュースでは松岡農林水産大臣の光熱水費のメディアは取り上げていた。しかし、相変わらずの返答で問題は解決していない。安倍総理はそれでも問題はないとして、大臣を解任するつもりはないようだ。

こうした光景は、どこかであったような気がする。この問題が取り上げられるようになってから、ずっとそう思っていた。

今日新聞のバックナンバーを整理していたら、この疑問が解決した。ちょうど一月前の出来事だ。柳沢厚生労働大臣が、「女性は子供を産む機械」と発言して、ゴタゴタしていた時期があった。

大臣は解任されていないし、発言は撤回されず今に至っている。まるっきり今回の出来事と同じ展開になりそうだ。これはデジャビュではようだし。

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«格言だな。