精神的なわばり
過密・過剰・・・都会で生活するには人が多すぎる・物が多すぎることから不快に感じるシーンに出くわす。例えばエレベーターや満員電車の中では他人との距離が近いために特に不快感を感じてしまう。
ただ自分にとって親しい人だと近い距離であっても不快に感じない。これは心理的に人の距離感を分別しているのだと私は感じていた。
今日手にした心理学の本にはこうした距離感を「精神的ななわばり」と表現していた。
なわばり。人も生き物だと実感させる響きだと思う。なわばりと聞くと私は犬を思い浮かべる。散歩中におしっこを木などにつけたりする光景だ。
私が読んだ本では、人間のなわばりは、40センチぐらいが親しい人間との距離(体が触れる距離)、120センチぐらいが個人的な距離(手が触れる距離)、そしてそれ以外が社会的な距離となるそうだ。特に関係ない人が120センチ以内に近づいてくると警戒したり、あるいは不快に感じたりするそうだが、確かに当たっていると感じる。
しかし犬のように実際の行動でなわばりを示すのではなく、脳で自分のなわばりを決めてそこに入ってくる人を分別するのは、脳が発達した人らしいと思う。
ただこの距離感は人の生活環境で変化するそうで、都会のように過密な空間では相手に対して無関心な態度を持つことで、自分のなわばりに他人が入ってくる機会で過剰に反応することを回避しているそうだ。
都会の人が冷たく感じられる、あるいは集団でいると他人に無関心になってしまうのは、人のなわばり意識が関係しているとは思いもしなかったが、人も「なわばり」という動物的本能が残っているということが少し発見だった。
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