そんなものかな
後輩と会話をしていた時、「私、拉致問題や夕張問題がどうしても身近な出来事だと思えない」「なぜ、夕張問題に関心を持つのですか?」と質問されてしまった。
最近私の師匠は夕張の財政破綻について研究しているから、私も関連する書籍を購入したり、3月には実際に現地に行くことになっている。そんな私を見ていて、ふとそんな素朴な質問をされると、こちら側が答えに困ってしまうが、
「本来は社会問題に関心や一定興味を持っておくのが社会に生きる人間の普通ではないかな」と一応回答しておいた。
拉致問題にしろ財政破綻にしろ色々な問題があるが、こうした事が身近に感じられないのは規模論が関係しているように私は思う。
例えば・・・友人と町を歩いていて、火災の現場に遭遇したとする。
建物の窓から女性が「助けてくれ」と叫んでいる。もし周りに人がいなければ、あなたはどうするだろうか?普通なら、友人と手分けして行動して助けるか誰か救助を呼ぶ。
もし、現場に遭遇した時に10人ぐらいの取り巻きが出来ていたどうだろうか?多分バケツリレーとかしませんか・・・と言った具合になるだろう。
もし、周囲が黒山の人だかりになっているとだろうか。単に野次馬になってしまうか、周りが混んでいる為に、進めない事にイライラするかもしれない。
もし、火災の現場をテレビで見たらどうだろうか。多分チャンネルを変えた瞬間にその出来事は記憶の片隅にも残っていない。
人の意識とはこんなもの。だからテレビや新聞で○○問題と取り上げられる事に関心を持てないことは普通の事だろうか。だからと言ってそれでは、困るのだが。
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