脳で食べる
スーパーに出向くと食品の産地や生産者について写真やコメントが添えられていることが多い。野菜の品質や鮮度の良さよりも、提供される周辺情報のウエイトが大きくなっているのではないかと思う。大量生産されているのに、そこまで安全性を求めても、どこまで保証できるのか、難しい世の中です。
お菓子会社や牛肉加工会社・料亭な食品の偽装に関する話題が今年は多かったような気がします。
自分たちで食べるものを作れない消費者にとって、食品の安全性を担保するものがラベルや企業のモラルにかかっているとは、とても危ういですね。
しかし食品を選択する際に基準となる情報は本当に正しいのでしょうか。
例えば船場吉兆では但馬牛を佐賀牛と産地偽装をしていたそうだが、お肉自体の評価は佐賀牛の方が上であるから、我々はいかにブランドや表示によって食を選んでいるかを象徴しているように感じてしまいます。
別に高級品に限った話ではないのです。お昼のテレビ番組で「これが体にいい」といわれると一斉にブームになったりするのは日常の事。どんな食事でも過剰に摂取すれば毒になるだけで、結局は自分たちで食事でコントロールしていくしかない。そう考えると人は食べるものを舌で味わうのではなく、脳で味わっていると捉えるのが正しいかもしれません。
昨日、いつものイタリアン料理店で夕食を食べていると隣のお客人がシェフに質問をしていた。そのお客様は店内に置いてあるブロックのチーズを初めてみたらしく、「どこで作られているのか」「チーズによる味の違い」など質問していました。
料理や素材の裏側を知ることで食べた料理に対する見方が変わります。料理が自分の口元まで運ばれてくる一つのストーリーを読み取るように。自分が心からおいしいと感じられるものを脳で味わうのが一番ではないのかなあと感じた夜でした。
PS、会社の売店で買ったサンドイッチ。作った人の顔写真が載っていました。こんなものまで脳で味わう必要性はあるのでしょうか?
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コメント
Ohkura様
コメントありがとうございます。大変見識あるご意見ありがたく感じます。
脳で味わう行為は舌で味わう行為をより引き立てる重要な要素だと考えています。ただし前提条件として脳で味わうには当事者間の信頼関係が必要になってきます。そこに写真や文章では伝わらない要素こそ大事だと思います。
自分が舌で味わう=食べ物を口に入れるリスク、と捉えるならば脳で判断するのは食べるものを提供する側を信頼して良いのかを見極める行為と考えられます。
現代はあまりにも食の流れが大きくなり過ぎて工業製品の要素が多くなり、信頼を得るには規格や格付けといったお墨付きをどこかが与える・・・といった方向になるでしょう。
ただし農業産品は大量生産には限界があり、自分たちが見えないものを口に入れるリスクも大きい。そこで食のサイクルを(自分が産地や生産者が分かる範囲)手に取れる範囲にする事が大事だと思います(例えば地産地消も一例ですね)。
そういう分野こそ、我々が口にするものがどうやって届けられるのか、生産者の現場、環境、などなど脳で味わえる要素がたくさんあるのではないでしょうか。
また気軽にコメントをください。お待ちしております。
投稿 Nipper | 2007年12月24日 (月曜日) 22:51
おひさしぶりです。そして人生初の書き込みです。食に関して少し関わっていた身としても関心があるテーマです。
写真の必要性は「ないよりあったほうがいい」と感じています。写真にかかわらず、レシピなどがあったほうがいいなど、情報がより多く含まれていることに関して肯定的な意見がでることはこの種の問題に限らず当然の結果と思います。しかし、本質的な面を議論しないように仕向けていると思っています。食に関する取組全般をみることが改めて必要と思っております。
投稿 Ohkura | 2007年12月23日 (日曜日) 10:27