振り返って考えた事

2006年11月 4日 (土曜日)

恒温と変温

 動物には自分の体温をコントロールできる種類と周囲の温度に合わせる二つのタイプがいる。人のような哺乳動物はどんな極寒の極地でも、真夏の炎天下でも体温を一定にコントロールする恒温動物である。そのおかげで気候に左右されず行動できる。一方昆虫などの動物は周囲の温度の変化で活動や冬眠をする変温動物である。

 でも私は人も恒温と変温の2種類いるのではないかと思う。ただし、この場合変化するのは体温ではなく心である。

 心が熱い人というのは、別にドラマに出てくる熱血教師のようなタイプばかりではない。面白いアイディアを思いつく人、人望の厚いリーダー格の人など、行動し新しい情報を手に入れて活動する人である。

そんな人と話をしていると、活動している内容に共感できたり、将来性を感じてくるから不思議だ。例え無理な話でも聞いているうちにこちらまでその気になってきたり、あのひとの事だからやろうかと納得してしまう。多分相手の気持ちに打たれてしまうのだろう。恒温タイプは常にプラス思考で、一生懸命前を向いている。

 まとまりの取れているグループを見ているとリーダーの人間は理念と、心が熱い人が多い。だから周りもついてくるのだと思う。

 一方私のように変温のタイプの人間は、何か取り組んでいてもだんだん軸がブレてだめになってくる。ある意味、ナイーブで色々と考え込んでしまう。

そういった時に恒温タイプの人間に悩みを聞いてもらうと「ポン」と背中を押されたように動き始めることが出来る。でも変温タイプは、一歩下がって冷静に物事を判断することが出来るから「イケイケ」の恒温タイプの人間にとっては、客観的に評価をしてくれる存在であったりもする。例えば普段は人の悩みを聞いて励ます恒温タイプの人間の悩みを聞いたりしている。

 それぞれの長所を持ち合わせて短所を解決する。色々なグループをみているとそう思えてくる。自分と相手が違った人間性を持っている理由には、お互いが違った要素を持ち合わせているからではないかと考えてしまいました。

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2006年10月13日 (金曜日)

子供と大人の時間

子どもの時、一日は長く時間の流れはゆっくりだったのに、今は一日・一年が早くて・・・という事を良く聞く。これは大人と子供の時間には違いがあるからだ。今日はそんな話をしよう。

 子供をよく観察していると彼らにとって時間は自分の本能をベースに使っているように私は思う。例えばお腹が減ったからご飯やおやつが欲しいと親にねだってみたり、あるいは眠たくなったらその場で寝てしまったり、何かやっていても飽きると何か面白いモノはないか探してみたり・・・すべて自分の好みや動物的本能で行動し時間を消費する。そして彼らの時間を制約するものは限られている。彼らの用事は自分の都合で変更はなんともなり、コントロール出来ることも多く、その相手も友人や親など限られ、自分が思うように時間を使うことができる。

 しかしだんだん自分の都合だけで時間が使えなくなる。例えば「何時までに○○をしなければならない」といった具合に、相手の都合に自分を会わせるようになる。その他にも締め切り、バスや電車といった移動の手段は相手の時間に自分が合わせることで利用することができるし、それを前提に自分の行動を考える。普通自分のスケジュールは自分の予定のように思うが、相手をしてくれる他人の都合や予定とも言い換えることができる。

 このように自分から相手の時間に合わせる・消費するスタイルは常に自分をせかすことにもなる。自分の事だったら先送りすることは簡単である。しかし誰かの都合になるとそう簡単にはいかない。だから無意識の内に自分を急がせ、相手のために用件をこなすようになる。

 用事をこなし、駆り立てている日々が続けば一日はあっという間に過ぎてしまう。大人という社会という群の中で自立して生活する生き物にとって、時間はいつの間にか自分のためよりも、相手の為に消費するようになり流れが速くなるのではないだろうか。私はそう感じるのだが。

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2006年10月12日 (木曜日)

思いこみの罠

 ある社員教育の仕事をしている友人から聞いた話から。

 その方はアメリカ・ヨーロッパ各国のメーカーから人材教育の委託を受け仕事をしている。友人は日本の事務所の代表をしていて、アジアの部署を任されている。仕事上色々な国の人と接するが、契約事は本社のあるアメリカ・ヨーロッパの人が多いとか。そうなると相手は代表は東洋人のその友人より、白人に話しをさせろと要求する。やはりどこかで黄色人種を下に見る傾向はあり、信頼できるのは白人(WASP)だけという思想を垣間見るような話だった。

 グローバル化と聞くと世界が一つの基準で動くような印象を受けるが、それは違うと前に私はブログで書いた。例えばアメリカ人がハンバーガーとコーラーを飲みながら、ノキアの携帯で電話して、トヨタの車に乗る。これがグローバル化でイメージしやすい。つまりその国が強い商品やサービスが国境を越えて展開されるという内容である。しかし本当は、グローバルになればなるほど、ローカルスタンダートが大事になってくるということである。

 アメリカ生まれのハンバーガーだって日本に来れば日本人好みの味にしている。月見バーガーなんてアメリカにはない。トヨタだって東南アジアに行けば道路事情を考慮して日本で使っているエアーのバネでなく、板バネを使っている。砂利道で水溜があちこちにある凹凸の激しい路面では、日本のバネではフワフワして乗っている人が酔ってしまうそうだ。つまりグローバルに商品やサービスが展開されればされる程、それぞれの地域の人の好みや習慣(ローカルスタンダード)を反映することが大事になってくるのだ。

 その考え方を伝えて、その友人に私はこういった。

「白人は白人が優れているという思いこみがある。それを彼らはグローバルスタンダードだと思っている。実際は白人同士しか通用しないローカルスタンダードに過ぎず、それに私たちが合わせてあげていると思えばいいよ」と言ってあげた。彼は、「そう考えると物事の見方が変わるね」と考え方に共感してくれた。
 

 21世紀はアジアや中東が台頭してくる時代である。今でもテロなどで欧米(キリスト社会)と中東(イスラム)が対立している。最近は東アジアが危ういが・・・20世紀は白人が中心の欧米世界がすべてであったと言える、今世紀は過去に中心であった白人の独善性が修正される世紀なのかもしれない。早く彼が思いこみの罠(欧米の見せかけのグローバルスタンダード)からの脱却がテロなど対立解消の糸口であるように私は思う。

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2006年9月27日 (水曜日)

思ったようには

 私のデスクは書類が本当に山のように積まれています。(単に仕事が忙しいのか、整理整頓が苦手なのかを置いておいて・・・)

 その昔ITやネットワークが整備されると伝票や書類がペーパーレス化されて、紙の需要が減るという予測が出されたと事がある。確かに手書きの書類は格段に減って、ペンを握ることは以前に比べて少なくなったように感じる。

 その一方で紙の需要は減っていない。単純に体感だけでなく、数値としても結果が出ている。http://www.jagat.or.jp/story_memo_view.asp?StoryID=7777

 データを入力したり、あるいはwebを印刷したりと、画面よりも紙の方が見比べやマークをつけたりと便利だから減らないのが理由ではないだろうか。

こうした傾向は何も紙だけではない。レコードはCDに駆逐されたように思われるが、アーティストが限定版でリリースしたりしている。事実CDを作ったソニーもレコードプレーヤーの生産を再開しているぐらいだ。物事には一方の流れに傾くように見えて、そうではない流れがあるようだ。

自動車社会と呼ばれ、あまり体を使う機会が少なくなれば、あえて体を動かす自転車やジムやヨガが流行る。東京では街中の公園でサラリーマンが昼休み鉄棒などの遊具で体を鍛えているグループがあるそうだが、まだ大八車が走っていた大正時代のサラリーマンがそんなことはしなかったと思う。他にも印刷で手紙できても手書きが廃ることはないし、去年には絵手紙がブームにもなった。

 物には例えば自転車が自動車に置き換わるように、機能が新しいモノに移行することある。

しかしそうならず、残る場合にはモノが持つ本来の価値が見直される場合がある。さっきのレコードはこれに当てはまる。CDにはないレコード独特の音が好まれている。手書きの良さもこれと同じだ。

一方模倣品が出回ることで、本物の価値が高まることもある。例えば店のラーメンを模倣したインスタントラーメンがあれだけ出回っているからこそ、日本中にラーメン店があって、ご当地ラーメンが出ているだろう。その他にも偽物のブランドであっても欲しいと思って買ってしまうから余計に本物を持っている人が羨ましく、また欲しくなってしまう事はよくあると思う。

 「物事は一方だけには進まない」

っていう法則があるように私は思いますが、いかがでしょうか?

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2006年9月21日 (木曜日)

ハイじゃなくなる日

 別に気分じゃないですよ、ご心配なく。

古い新聞の記事を探していると、その時代の色々な広告が目に入る。車でもデザインが違っていたり、テレビはまるで家具の木で覆われていたり、ポットはやたらとバラがデザインされていたりと・・・・どこかで見たことありませんか?

その中で一番びっくりしたのはテレビの広告。キャッチコピーは「総天然色テレビ」

 天然色?つまりカラーということですね。1960年からカラー放送が始まったわけですが、その当時カラーテレビはものすごく高く、今の月収に換算すると薄型テレビを買うよりも大変だったそうで・・・http://kagakukan.toshiba.co.jp/history/1goki/1960tv/index.htmlほとんどの方は従来の白黒テレビを見ていたそうです。

 現在ではカラーが当たり前になり、カラーテレビ、天然色テレビとは呼ばなくなりました。例外的にNHKの受信料の領収書にはカラー契約とありますが。

 現在放送されているハイビジョンも今のテレビに対して画質が良い意味でハイと名付けられているわけですから、デジタル放送に移行し完全普及すれば、カラーテレビ同様ただのテレビになるのかもしれません。その頃には録画規格もブルーレイとHD-DVDいずれか、白黒ついているといいのですが。

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2006年8月16日 (水曜日)

「Give me a chocolate」

 終戦記念日(実質は敗戦記念日)の今週はやはり先の大戦に関するドキュメンタリーをみる機会が多くなる。その中で「ふと」思ったことを取り上げてみたい。

 終戦後、アメリカをはじめとする連合国軍が日本を占領し、街角をアメリカ兵が歩く姿を写したフィルムを見た。その中で、兵士が子ども達に持っていたお菓子を分けるシーンが流れていた。子ども達はそれを受け取って走っていった。私も年配の方から米兵からお菓子をもらったことがある事を聞いたことがある。中には「Give me a chocolate」と呼んでもらっていた人もいるくらいだったという。

 終戦後、特に昭和20年は凶作で深刻な食糧不足下にあり、食料物資は不足していた。アメリカの調査団によれば、極度の物資不足はそれを運搬する船舶の不足から始まり、本州や四国・九州を結ぶ船ですら足りず日本列島は小島に分解されたも同然で、もし8月に降伏しなくとも食糧不足によって12月には降伏せざるを得ない状況にあったとある。そのため配給も十分ではなく、都市の住民は農村までの買い出しに出かけていたぐらいだから、子ども達も米兵にすがったのではないかと思った。

 でも、少し考えてみると単に飢えているだけではないことが分かる。子ども達は具体的に「チョコレート」と呼んでいる。もし発展途上国のアフリカに行ったとして、現地の子ども達に取り囲まれて「チョコレートちょうだい」、と言われるだろうか。そもそもチョコレートの存在をしらない彼らが具体的に名前を叫ぶだろうか。

日本のお菓子メーカーは戦前から存在する。その昔私の祖母が明治のチョコレートを取り出したときに「これはホンマモノのチョコレートだから」と言ったことがある。当然祖母も子どもの時に食べた経験があると言っていた。フィルムに写っていた子ども達も、チョコレートの味を知っていたのかもしれない。

 と、考えると戦前の日本はチョコレートの原料であるカカオと砂糖が手に入り、国内で生産できて子ども達が食べることが出来るぐらい裕福だったと考えても無理はない。その国が10年近い戦争で今日の食料にもことかき、満員の列車で遠くの田舎まで食料を求めて、物資を運ぶ船にも事欠く程国力を消耗するとは、なんと無謀で無責任な事をしたのだろうかと考えてしまった。

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2006年7月 2日 (日曜日)

携帯のない日々から

 私の携帯はもう2年目に入り既読のメールが新規と表示されたり、メールが受信できなくなったりと不具合が多くなっていました。先日ついに壊れてしまい、買い換えをしなければと思うようになったのです。壊れた当初はそう思っていたのですが、翌日になると携帯の存在改めて考えされられてしまいました。

 先日白川村で宿泊した民宿は、携帯電話は圏外でした。普通なら誰からメールが来たのだろうと思ったりして、不安になりがちです。携帯が通じない所に行きたくないと思われた方もいらっしゃるかもしれません。しかし私は携帯がない空間が結構心地よく感じられました。

 当然圏外ですから、誰も携帯をいじりません。そうすると結構静かなんです。携帯は通話以外にも着信メロディーやキー操作でも結構音が気になるものです。例えサイレントモードにしても操作のカチカチ音が間近でされると、私は多少不快に感じます。携帯を使っている人によくありがちなのは、目の前にいる人と適当に会話をして、目線と意識が携帯でつながっている第三者に向いている事がよくあります。でもそれは話をしている相手に少し失礼なように思えるのです。そうした光景がよく目につくように思います。携帯があることで、見えない損失がこんなにあるのだと改めて感じさせてくれました。

 何かと時間が空けば携帯をいじってしまう。私にも当てはまる事です。例えば外食でオーダーの待ち時間や、電車などの移動中などたいした用事もないのに、ゲームをしたり、どうでもいいような内容をメールしたりと。コミュニケーションは心の潤滑油ですから、なくてはならない存在なのは分かります。しかしこれに過度に依存してしまうのが携帯依存症だと感じます。

 冷静にメールの履歴や通話内容、ダウンロードしたコンテンツを振り返ってみるとあまり意味のない内容が多いことに気づきます。それで月々私の場合1万円近く、年間12万円も払っていることを考えると、携帯メーカーがこれだけアンテナを建てても儲かるわけです。

 相手への確実な連絡、急な予定変更など携帯があればというシーンは確かにありますが、本当に必要なのはごく一部の時だけ。携帯が壊れて改めて感じるのは、必要性と料金のバランス。本当にそんなに必要なのか?もう少し考えてから新しい機種を買い換えたいと思います。あなたは月々の支払いと通話やメールの内容のバランスはそれでいいですか?携帯に振り回される毎日を、ちょっと考えてみるものいいかもしれませんよ。

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2006年6月23日 (金曜日)

父がお祖父ちゃんになるとき

 今週私の父方の祖父が長い闘病生活を経て亡くなり、親族一同久々に集まり葬儀を行った。そこに私の姉の子どもが来ていた。まだ2歳である。ようやく2語がしゃべれるぐらいであったが、親戚一同の視線を浴びていた。そんな子どもの姿を見ていて、その当時の自分を思い出した事を今日は書きたい。

 「お祖父ちゃんは、お祖父ちゃん。お父さんじゃない」私がその子よりも少し大きくなった頃、自分の父親に対して言った言葉だ。私の父から、祖父を見れば父親である。でも私からみればお祖父ちゃんだ。以後私の家族は亡くなった祖父をお祖父ちゃんと呼ぶようになった。

 私は祖父が好きで、休みの日は祖父と山に出かけたり、川で遊んだり、昔話を聞いたものだ。特に父の昔話を聞いたことは印象に残っている。おだやかな父も、若いときは祖父と対立したそうだ。しかし祖父は「自分が愛されていると感じられれば、その意味に気づいたとき帰るべき所へ、帰るものだ」と言っていた。きっと孫の自分がその当時の父に重なって見えたのかも知れない。

 そんな父親も姉の子どもを抱くと、私たちの父ではなくその子のお祖父ちゃんになる。あの笑顔はどことなく私の祖父の面影に似ている。そして兄弟もその子を慈しむ顔は親戚のおじちゃんの顔になっていた。祖父が亡くなり一番最初に感じた世代交代の瞬間だったように思う。

 まだようやく歩き出し、食べたいモノを指をさし、母親に甘える姿を見れば親戚でなくともほほえみが出てくる。そして愛情をかけてあげたくなる。子どもは遊ぶのが仕事と、よく言うが私は愛されるのが仕事であると、その子の事を思い出すと考えてしまう。

 親からの愛情を受けて子どもは育つが、それを必要としなくなった(愛されていることから脱したい)時、反抗期と自律が始まると思う。自分自身も親の存在が過保護に思えて、そこから出たいと思ったことだし、一人暮らしをして、親から愛されていることを自覚し、反対に大事にしたいと思えるようになった。その瞬間が私にとって人生の一区切りであったことは間違いない。

 相手が情に満ち足りた時、その人は自律に芽生える。私は親に対しても、他人に対しても色々な立場でそう思う。そう思えたら、祖父の言っていた通りなら、私は無事その子のおじちゃんになれたのかもしれない。そこまでたどり着くのに、随分時間が必要だったが。

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2006年5月31日 (水曜日)

団塊の世代から学ぶ

 今日、友人のPC選びに同行した帰りに和食のファミリーレストランに立ち寄り晩ご飯を食べることにした。そこで遭遇した人の行動から、私が感じたことを紹介したいと思う。

 私が座った席の右隣に年配の男性客が先に食事をしていた。年齢は55歳から60歳ぐらいだろうか。いわゆる団塊の世代の人に当たる。ブルーのシャツにネクタイのスタイルであったから会社帰りに食事(テーブルにビールもあったが)に立ち寄ったのではないかと思う。

 その人を横目で見て印象的であったのは、丁寧な対応である。注文を言い終えた後に、「よろしくお願いしますね」と言い、料理が届いたときには「おいしく頂きますね」と店員に声をかけていた。

 普通ファミリーレストランの店員はアルバイトの人が大半を占めている。私たちはマニュアルで”キッチリ”決まったセリフで迎えられ対応を受ける。しかしそうした対応からは、心からの対応ではなく、どこかロボット的な当たり障りのない対応である。だからメニューについて、どのような材料を使っているのか、何がおすすめなのか、といったお客の反応に戸惑う店員を見かけることもあると思う。

 そうした無機質な対応に、お客もどこか無機質になりがちだと私は思う。店員の顔を見ずに、必要最低限の注文だけ言い、用事を済ます。現代の社会のよくある光景である。こうした所に、彼のような行動はとても新鮮に私には見えた。普通はなかなか出来ないことだと私は感じた。しかしこうした行為の重要性は男性の行動ではなく、男性が帰った後の店員の反応から私は感じた。

 その男性の席を片づける2人の店員の会話が少し耳に入ったが、「声をかけられて、気遣いがうれしかった」と言っていた。いくらアルバイトとはいえ一人の人間が対応している。人は仕事とは割り切っても、相手の対応で印象は変わってくる。その点で無機質な客よりは、彼のような対応はひとつあってもいいのではと思った。 

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2006年4月29日 (土曜日)

お茶の効用

 会社を訪問したり、知人の家をお邪魔した際、差し出されるお茶は相手をもてなす気持ちが込められており、一口飲むと緑茶独特の渋みも相まって和んでしまう。食後や仕事を終えて一息つくため飲むコーヒーにはどこか心を落ち着かせてくれる。今日はそんなお茶の効用について取り上げてみたい。

 緑茶、コーヒー、紅茶、ウーロン茶 のどを潤す飲み物は色々とある。こうしたものは栄養を取る食べ物とは異なり、水分補給や食べ物をスムーズに通す役割の他に、色合いや香り、刺激を楽しむ嗜好品としての性格を持ち合わせている。こうした部類には酒やタバコなども含まれるが、特にお茶には特別な効用があるように私は感じる。 

 こんな話を聞いたことがある。それは番組製作の打ち合わせの席での場面での事。プロデューサーがアシスタントディレクターが入れたお茶の事で叱責したという。その理由を聞いて周囲の人間は怒る理由に疑問をもった。それはお茶がまずい。

 「お茶ぐらい」でなぜ怒るのか、よほどこのプロデューサーはイライラしていたのかと普通は思う。そもそも打ち合わせの席でのお茶はそれほど重要性があるように感じないからだ。それなのになぜ怒ったのか。そのプロデューサーはお茶がまずいことを叱っているのではなく、お茶の意味を分かっていない事を怒っていたという。

 組織で働く者にとって、それぞれの各自の役割を自覚し動かなければならない。ディレクターがお茶を入れて出す事は、単にのどを潤す為でも、しきたりでもない。相手の人がお茶を飲むことによって心を落ち着かせ、仕事に集中してもらう為である。さらにお茶は他人が口にするものである。最善の心構えで入れなければならない。お茶を出すという意味合いに気づいてもらいたかったのだという。

 このプロデューサーはお茶の効用をきちんと知っていたのだろう。人をもてなす事はそうたやすい事ではない。料理を人に出すには準備が大がかりになりがちで、他人に出すには気を遣う。一方お茶はお湯を沸かし、茶葉を入れれば手軽に人に振る舞うことが出来る。さらに種類も豊富にあり様々な味を楽しむことが出来きる。ここがお茶にしかない要素である。

 お茶ではおなかを満たすことが出来ない。いくら飲んで満たしても水っ腹になるだけだ。だから何かを食べて満たさなければならない。しかし、食後にお茶を飲んでゆっくりすることは出来る。それほど空腹でなくても飲むことができるし、相手にもてなしの気持ちを込めることは出来る。そういった意味でお茶は心を満たすことができる。だからカフェで飲むコーヒーや紅茶を飲むと落ち着く。一方茶道のように一つの文化として確立している。そんな小難しい事を考えなくとも我々もコンビニに立ち寄れば何気なくお茶を買ってしまう。人はお茶の効用をきちんと知っている。でもそれを意識しているか、していないかは大違いである。お茶の効用とは奥が深いものだ。

 さて、もうすぐ新茶の時期になる。私の実家はお茶も自分の家で作っている為、今度帰省すれば茶摘みをしなければならない。少し蒸し暑い中で黙々と茶葉を摘み取り、釜で炒り、手もみし、乾燥させる工程はかなりの重労働であるが、そうして出来上がった新茶は格別である。お茶がより一層おいしく感じるには、新茶も大事ではあるが仕事をしその合間にお茶を飲むことでリラックスするからかもしれない。私も早くブログを仕上げてお茶を飲んでリラックスしたいと思う。皆さんもほどほどに仕事を進めながら、茶で一息ついて、お茶の効用を高めてみてはいかがだろうか。

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2006年4月27日 (木曜日)

読書の探検

 本を読んでいると書き手のニュアンスの違いや読みやすさがそのまま出てくる。有名な教授の本であっても、一般向けの本は口語体で書かれており、非常に読みやすい。しかし論文になってみるとどうだろうか。言葉の使い方も独特で読みにくい。一度読んでも分からず二度三度読まなければならず苦戦してしまう。みなさんにも、読んでいて著者は何が言いたいのか分からない本に遭遇した経験はないでしょうか。多分私のブログが当てはまるかも知れませんが(^_^;)・・・出来るだけ分かりやすくがんばります。

 さて、コミュニケーションとは発信側と受信側とのキャッチボールだと言われます。読書で言い換えれば、書き手が伝えたい内容や意図を読み手がくみ取って、初めて本を媒体としてコミュニケーションが成立するのです。ベストセラーとなる本には、読み手の潜在意識に響くように書き手が作っているのでしょう。最近は新書がよく売れるようになったと新聞記事で見かけたことがあります。私も移動中に気軽に持ち運べる新書をよく読んでいます。以前は「○○入門」といった概略本が多かった新書ですが、最近では読み手を引きつけるようなタイトルをつけている傾向があり、その記事では新書が刺激的なタイトルで読者を引きつける雑誌のような存在になったと書いてありました。

 私は新書を読む場合には、前々から自分が気になっている分野と話題になってなぜみんなが読むのかを知るために買う場合があります。そこで気づくのは自分の分野の本の場合には、それぞれの内容で共感できる内容が多く読み終えます。一方話題になっている本を読むと、一部には共感できる分野がありますが、話が飛躍したりする内容であったり、すでに知っている内容で特段新鮮味を感じない内容が多くあります。話題になっている新書を読むと、どうしてこんな内容で話題になっているのか不思議に感じてしまう事がよくあるのです。

 本は読者が読み終えて、この本の伝えたかった内容がストレートに響いているかは読み手の知識や教養のレベルによって変わってきます。新書は気軽に読むことが出来、内容も一般的にしなければ売れません。そう考えてみると、書き手の程度が見てきます。新書と単行本とではやはり書き手に対するプレッシャーは違ってきます。当然書き手の年齢によっても変わってきます。こういった点も考慮しながら読まなければならないと感じます。

 一万円札の顔として知られている福沢諭吉は「学問のすすめ」という有名な著書を残しています。しかし当時の時代背景を考えてみましょう。学校は義務教育がスタートしていたでしょうが、学校に通っていない人が多くいたのも事実です。そうした時代に受け入れられたのは当然のように思います。彼の著書である「脱亜論」はその当時に脚光浴びたの理解できます。多分今読むと色々疑問のある箇所もあるでしょう。それだけ時代背景が異なるという事なのです。読書とはそういった意味で、時代背景や著者の考え方の限界を探る旅なのかもしれません。

 ただそこまで著者の意図や背景を探るには、文章の分かりやすさもあるかと思いますが、読み手の能力次第です。その点で最初に書いた論文が読めない私は能力不足なのかも知れませんし、新書が売れている背景には、とりあえず問題意識に引っかかる程度の話題性を持った本を読み手が求めている事ではないかと私は思います。

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2006年4月13日 (木曜日)

ホテルルワンダを見て

 昨日時間に余裕があったので、前から見たいと思っていた「ホテルルワンダ」を見ることができた。参照URL http://www.hotelrwanda.com/main.html

 このストーリは1994年アフリカルワンダで発生したフツ族とツチ族との内戦で実際にあったストーリである。主人公ポールはルワンダにある4つ星ホテルの黒人支配人。彼のホテルには欧米からの観光客や国連等の軍事関係者などで、外の緊迫した空気が感じられない場所であった。しかし事態は突如変化する。停戦条約が締結されてから反政府派が大統領を暗殺。これにより内戦が勃発する。町には刃物を持った民兵が歩き回り、民族虐待を行っている。彼のホテルはまるで避難所のように人々が押し寄せてくる。しかしポールはあくまでもお客様として振舞うように、従業員に指示しホテルの運営に奔走する。時には武装ゲリラが押し寄せてくる時もあれば、銃弾をかいくぐり物資を調達に出かけるのである。

 しかし事態は悪化する一方。ついに欧米は白人の撤退を決意。ルワンダは世界から見放された・・・

 無論ポールも取り残された。このとき初めて彼は自分が黒人であることに気づく。ネクタイを締め、スコッチをたしなみ、文化は欧米に浸っていた彼は、肌の色だけが違うことだけで取り残される無情さをかみ締め、残された黒人スタッフと避難民とともに、生き延びていくことを決める。その後状況は悪化する一方だが・・・

 この映画は実話であり、内戦も実際起こった話である。欧米は在留している白人を撤去させ、国連も武装をとめようとはしない。残酷な内戦の現状が見て見ぬふりされてしまう。そもそもフツ族ツチ族の区別も植民地時代に宗主国側が勝手につけたものであり、もともとの火種は欧米が巻いたものである。そして危害が加わろうとするとそれを止めることなく、去ってしまう。これが戦争の現実だと思わされる。

 残酷なシーンもあるので、多少勇気が必要だが見てもらいたい映画である。特に私にとって印象深かったのは主人公の心象の変化である。当初ポールはホテルの中だけフツ族やツチ族も欧米人も差別をしてはいなかった。しかし自宅の近辺でフツ族の軍部がツチ族の民家を襲撃するシーンを見て何もしようとはしない。隣人であるからと妻はなんとかするようにポールに懇願するが、自分の身が優先であると拒んでしまう。(当然であろうが)

 しかし、ホテルから白人が去り自分が黒人であることに気づき、押し寄せてくるフツ族・ツチ族の難民たちを見て自分が必要とされることを自覚すると、彼はホテルマンとしての自覚が合わさり、やってくる人たちのために努力を懸命に行うのである。

 自分が誰によって支えられているか、普段意識しない。しかし仕事の本質を見ると誰のために何をしなければならないか、自然と見えてくる。彼にとって来る人たちのために全力を尽くしてもてなすという、ホテルマンの本質に気づいた時、難民が押し寄せ、廊下に人が寝込んでいる状況を見ても、この人たちのために働かなければという思いに駆られたと思う。人々に尽くす彼の姿を見ると、仕事に対する誇りが見えてくる。私もそうありたいと感じた。

 もうひとつ忘れてはならないこと。それは日本をはじめ、欧米の帝国主義の禍根はいまだ深く残っているということだ。同じ民族を一方的に分別し、対立意識を芽生えさせ銃を与える。同じようなことを我々日本人も行ってきたことを忘れてはならない。人は過ちを起こす。しかし大事なのはその過ちから学び生かすことである。色々意見はあるだろうが当時は帝国主義は正しい考えであると指導者・国民双方が思い込んでいた。しかし現在では正反対の考えになっている。確かに当時の指導者たちは処刑されたが、その汚点はいまだ残っていることを、我々は心に留めなくてはならないと感じた。

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2006年3月19日 (日曜日)

日本人の長所

 私も読んだが、藤原正彦氏の「国家の品格」がベストセラーになろうとしている。私が買ったときにはすでに15刷になっていた。今回の野球のWBCを見ても分かるとおり、日本人には、韓国のように一カ所に集まってあそこまで盛り上がることはない。日本人には日本人なりのオリジナリティーがある。そこを気づかせてくれる一冊であると思う。あまり普段は意識しないが、日本人の良いところを今回は考えてみたい。

 私の尊敬する日下公人さんは、日本人は仕上げが上手い民族だと表現する。では具体例を交えながら解説したい。

 例えば縄文時代は世界で初めて土器文化が栄えた時代である。基本的には狩猟生活を中心に営んでいたと理解されている。気候も温暖で、寒流と暖流が流れてくるから生態系は豊かで、南方系のドングリなどの木の実や、北方系の鮭なども関東平野では取ることが出来たとされている。わざわざ苦しい農業をしなくても生活出来た時代だったみたいだ。その結果として絶えず移動し、国家を持たなかった。ちょうどモンゴル民族のようなイメージだろう。そこに農耕民族の弥生人が入ってくるから縄文時代は衰退してしまった。しかしそこから発展がある。

 農業を徹底的に研究し江戸時代には農業大国が成立する。実際一人当たりの生産額は同じ時代の世界各地と比較してもぬきんでている。自然の動力を活かし、資源循環型の社会が出来ていた。事実この時代にヨーロッパでは公害が社会問題となっていたが、日本にはなかった。勿論部落差別や人種差別といった汚点はあるものの、他国を支配して植民地を形成したり、奴隷制度はなかった。さらに寺子屋を中心とする教育制度も整っていたのは世界的にも珍しい。この点で農業を中心とした国家が出来ている。そこに黒船来航と共に新しい時代がやってくる。

 こうして明治と共に文明開化と西欧列強との激しい戦いは始まり、急ピッチで社会基盤を整備した。憲法と国会をつくり、地方自治を定め、選挙を取り入れ、工業化を進めた。最終的にはアメリカと戦争するぐらいまでの国になる。映画にもなった戦艦大和は確かに世界最大級の軍艦であった。これは日本の工業力が優秀であったことを裏付けていたが、時代は航空機や核兵器の時代に移行していたから負けてしまった。

 戦後の繁栄は説明する必要性はないが、エコロジー技術やITを活用するアニメを中心とするソフトや端末の開発力は現在でもトップである、であると解説している。

 ここまでの流れを見ると分かるように、日本人は新しいモノを受け入れ、その中の最高の形を実現してきた。狩猟生活の縄文時代も、農業中心の江戸時代も、工業化社会の現代も。だからその時代の豊かさを享受すること出来る。しかし他国はそれ以外の対抗軸を作るから、それに負けてしまう。 90年代不況が続いたのは、アメリカを中心に世界から新機軸が入ってきたからだ。金融、情報、不動産、通信が流入し、それに対応しきれなかったからである。

 現在だと何だろう。確かにアメリカにITではwindowsとintelに支配しれている。しかし携帯にブラウザー機能を搭載して、メールやカメラで新しい文化を創ったのは日本である。現在携帯に色々な機能を搭載して、ユビキタス(どこでも思うままに情報を手に入れ、操ることの出来る社会)を実現しようとしていているのは日本と韓国ぐらいである。その点で、情報時代の完成度を高める努力をしていると私は思う。

 完成度が高ければ、安定した社会となる。革命や戦争もない。差別や格差もある程度解消される。格差がある場合でも芸術や文化など別の軸によって別の社会が形成されるから縄文時代や、江戸時代には豊かな文化が繁栄する。現在は、格差が広がりが指摘されるように、まだ新しい時代の発展段階にあると思う。

 日下氏の指摘の通り、三度も完成度の高い社会を築いてきた日本人の特性はよく理解できる。その背景には、その時代の先端の国家、例えば飛鳥なら朝鮮、平安なら中国、江戸時代は見習う国がないから鎖国し、明治以降は欧米を手本にしてきた事が大きい。これから、中国やインドの時代となると言われている。このままアメリカに追随するよりも、また中国から勉強し新しい社会を作るべきではないだろうか。日本人の長所と流れを見るとそう私は感じる。

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2006年3月13日 (月曜日)

常識の再点検

 以前私と親しい後輩のバイト先におじゃましたことがある。その人はデパートの地下食品売り場のレジを担当している。私が訪れた時間帯はお客さんも比較的少なく、友人もテキパキとお客さんをさばいていた。しかし私がレジの前に立つと、恥ずかしさからか、手元がぎこちなくなり何度も商品を数え直していた。でもこうした経験は誰にでもある。普段と接してる時とは立場も、こなさなければならない内容も異なる。友人なのにいらっしゃいませと迎える。当然といえば当然だが、変に気恥ずかしい。例えば学校の参観日の親の存在。親も子どもも家と学校とで雰囲気やふるまいが違う。だから恥ずかしくなる。もしくは友人が家族で買い物をしている所にばったり会ったりと、色々なシーンで恥ずかし思いをすることがある。でもどうしてそうした感情が出てくるのだろうか。

 最近読んだ菅原健介著の「羞恥心はどこへ消えた?」でその答えがあったので紹介したい。

 我々はそれぞれの空間でそれぞれ行動が違ってくる。例えば職場であれば普段使わない言葉遣いでお客を迎えなければならない。そこに普段の自分を知る人がやってきた場合に、本来の自分と職場にいる自分とのギャップを感じさせる事を恐れている、それが恥ずかしさに表れるのだという。お客と店員ぐらいなら、気軽に声をかけることが出来るぐらいかもしれないが、これがデートの現場でばったり合った場合ならどうだろう。普段とのギャップはもっと違うかもしれない。もしかしたら、「こいつ猫をかぶっているなあ」と思わせるかもしれない。だから恥ずかしさの度合いは、役柄と本来自分との差で変わってくるのだという。

 そう考えると我々は職場や学校、もしくは公共的な空間でそれぞれの役柄、立場を演じている「生活役者」なのだろうと私は考える。

 ただ公共的な空間での演出が、いわゆるジベタリアンと呼ばれる地べたに座る人には必要ないと感じている。

 どうして公共的な空間で地べたに座らなかったり、車内化粧をしなかったと言えば、「誰が見ているか分からない」という心理が働くからだ。人の行動範囲はつい50年前まで、自分の住んでいる地域からあまり動かなかった。一生生まれた町を出なかったことも珍しくない。そのような小さなコミュニティーの中での行動には、周りとの良好な関係が必要となる。変な話題にならないように気をつけないといけない。だから「誰が見ているか分からない」という意識が生まれる。

 そしてもう一つには、お互い顔見知りだから変なことをしていても注意してくれる人の存在があった点である。例え変な行動をしている人がいれば注意する人がいたからである。これは顔見知りでなくとも注意していたと思う。

 その二つの感覚を多くの人が持ち合わせているから、地べたに座ったり、車内で化粧をしている人の感覚が、多くの人は理解できない。しかしそれは常識はずれの行動ではなく、常識の思いこみを若者が捉えているから出来るのだと思う。

 まず他人の目が気になる意識はこう言える。集合住宅や宅地化で地域の中で人の出入りが激しく、隣が誰か分からない現代。だから人の細かな行動が話題にならないし、自分の耳に入ってこないから気にしなくて良い。隣とも良好な関係を築かなくとも暮らしていけるから必要性がない。

 二つ目に誰かに注意されるという意識。実際にそうした行動をしている若者を注意する大人に私は出くわしたり、見かけたことはない。結局後々色々言いながらも、その場では無視をしている。結果的に誰か分からない人に誰も感心を向けず、そして注意しない。それを若者は気づいている。だから駅や公園といった環境でもプライベートと同じような行動が取れる。そう私は考える。

 いつの時代も、大人の世代は「最近の若者は・・・」と論ずる。多分私もそう言っている。しかし昔を見ても、石原慎太郎の太陽族は当時の大人からは不良扱いされていたし、ビートルズの音楽は認められなかった。しかしそれぞれ時代を超えファッションや音楽は残っている。時代の価値観は常に変化する。若者は昔の常識を知らず今しか見ていない。だからズレは生じてくる。

 そして時代の価値観も変化していく。その昔自動販売機でお茶を売っている光景を見て、ほとんどの人がお茶を買うぐらいなら水筒を持てばいいと思っていた。つまり常識とはみんながそう思っている事、暗黙の了解とでも言うべきだろうか。だからお茶は長い間自販機では売れなかった。しかし、実際に買ってみるとその手軽がうけ、逆に今では水筒を見る機会はめっきり減ってしまった。つまり思いこんでいたことが実際には違っていたのである。子どもに携帯なんかと思っていても、持たせた方が安心であるという考え方になってしまった。常に価値観は変化してゆく良い例だと思う。

 若者の不可解な行動を嘆く人が多いが、これは新しい価値観が生まれている証拠でもある。多分これからも理解しがたい現象はこれからも起きると思う。その際には頭ごなしに否定をするのではなく、なぜそうした行動を取ったのか、我々が思いこんでいる常識と、常識が成立する前提条件当たりから、問いかけた方が、理解できるのではと私は思う。

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2006年2月27日 (月曜日)

自分の身を削りませんか?政治家の皆様

 前回の皇室典範改正を取り上げてから、多くの皆様に読んで頂きありがとうございました。私なりの意見ですが考える機会になればと思います。さて今回は勝手に墓穴を掘って自滅して、何にも進んでいない国会議員の皆様に参考になるお話をしたいと思います。

 日本人は改革という言葉がかなり好きな民族かもしれません。変わりたいとは思いつつ、変われない。誰にも当てはまる事です。改革と声高に叫ぶ首相の姿が美しく見えたかも知れません。でもそれは自分の身に降りかかってきたらどうでしょうか。総論賛成、各論反対になるでしょう。年金の一元化には踏み込んだ発言をしても議員年金の改正には手をつけづらかった点などを見るとそう見えてきます。勿論改革という路線を支持した国民も任期が切れるまで責任を負うべきでしょう。特に何もしなかった方は不満を言う権利もないでしょう。

 さて名前だけの改革は小泉さんは一応決着をつけたつもりです。しかし実態を見るとどうでしょうか?道路公団は民営化しましたが、新しい道路は税金を入れるという何のために民営化したのか分からない方向に収まりました。年金改革は一元化もされずに、また見直しで一悶着ありそうです。三位一体の改革は地方には財源を与えず、むしろ吸い上げ仕事だけ押しつける状況になっています。郵政民営化も何のために盛り上がったのか訳が分からず進んでいます。結論から言えば小泉さんがやめた後の人で一気に矛盾が爆発しそうな気がします。

 一応最後に仕上げに公務員削減を打ち出しましたが、官僚の抵抗もありなかなか進みそうにありません。どちらかと言えば時間切れに持ち込みたい官僚側に押され、玉虫色になると私は思います。

 しかし手をつけない部分がありました。そうです国会改革です。議員の数を見直す、手厚い手当、ようやく年金にはメスを入れましたが、今当選している議員さんには現行の議員年金制度が適用されます。このままだと全廃になるのは40年ぐらいかかるのではないでしょうか。私は声を大にして言いたい「最大の抵抗勢力は、国会である」と。

 さてここで見習うべき先進事例があります。1月に調査に行ったある自治体ではなんと議員の給与を、月給から日当に変えるそうです。まだ決定ではないのですがその方向に向かいつつあります。この自治体は市町村合併に反対し、自立に向けて取り組みを始めました。その中で議員定数を削減し、その削減で浮いたお金で、児童手当など福祉政策の充実に使いました。今回三位一体の改革等で国からのお金が減ることが見込まれました。これ以上定数を削減する訳にいかず、仕事をした日数で給与を払う日当制度を取り入れるそうです。勿論浮いたお金はこれまでの福祉政策に利用されるそうです。

 これ以外にも自立を決めた町村の中では定数を削減するのは当然ですが、自分たちで勉強会を開いて住民と共に地域づくりのプランを作成したり、自分たちなりのスリム化のプランを打ち出している自治体もあります。

 こうした取り組みからは自分たちの地域をを守ろうという意志が感じられます。勿論議員側からの提案です。さてこの度胸は国会議員の方にあるでしょうか。自分の国を守ろうという熱意のある答弁をかなり聞いていないように思いますが。

 もちろん町村議員のすべての人が正しいとは思いません。事実、右翼系のアブナい人物が議会を仕切っている所もあり、まったく自治の機能を果たしていない地域もあります。だから議員の給与や首長(知事・市町村長)の給与は必要最低限の給与を与え、責任を持ってもらう名誉職という位置づけにするべきだと思っています。

 責任を持つのだからそれに見合う給与を言われるかもしれませんが、本当に責任を果たしているのか疑問です。だいたい議員になる人は、会社の役員や官僚の仕事をしてきて名誉心が欲しくなり、地盤を持っている人がなるケースが多く見受けられます。そんな人の集まりだから自己保身に向かうのは当然です。最低限の給与であってもやりたいという志の高い人がやるべきでしょう。理想は大統領と同じ8年ぐらいが任期にしてもらいたいですね。長期になると会社でも駄目になっている事例は、サンヨーやソニーなどを見れば明らかですから。 

 私は単に給与や定数を削減せよという事が言いたいわけではありません。勿論削減するべきであると思います。それ以前に議員の皆様にたとえ定数や給与を減らしても守りたいものがあるかという事です。大事な予算委員会にスキャンダル追求に奔走し、挙げ句の果てには自分が責任を取れずに雲隠れする人にそんなモノがあるでしょうか。

 本当に国会が見直されたいなら、簡単なのは日当制を導入すればいいと思います。国民は諸手を挙げて賛成するでしょう。まず本会議場で居眠りをする人もいなくなると思うし、委員会が人数が足りずにいそいで人を集めてくる必要もなくなります。むしろ積極的に人が集まり発言すると思います。それぐらいの意欲のある人がやれば少しは変わるのではないでしょうか。それが割に合わないと思われる方はぜひおやめ下さい。議員年金も余分に払う必要はなくなりますので。まずはそこから始めてみませんか、議員の先生方。

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2006年2月25日 (土曜日)

ソニーはあこがれのブランドか

 前回の記事で、企業が顧客に受け入れられるサービスを提供する限り、最終的に企業に残るのはブランドであると書いた。今回はそれをソニーに当てはめて考えてみたい。

 今週Webのニュースでアメリカ市場でソニーが液晶テレビのシェアNO,1になったと情報が掲載されていた。これまでのテレビ事業の経緯を説明すると、ソニーはブラウン管でトリニトロンシステムを独自に開発し、高精細な画像と世界で初めて平面ブラウン管が評価され一時代を築いた。一方で薄型テレビの開発では液晶のシャープ、プラズマの日立・松下に並ぶ開発が出来ず、自社ディスプレイが不在の時期が長くなり、競争力と独自性を発揮出来ずに低迷の時期が長く続いた。結果的にソニーは自社開発を断念し、韓国のサムスン電子と提携し、合弁のディスプレイ会社を設立しソニー仕様の液晶テレビを発売できることになった。これによって安定した供給が可能となり、シェア1位になったということである。

 しかしここで大事なのは後発のソニーが市場で優位に展開していたメーカーを押さえて1位になることができたのか。これは最大の理由はソニーというブランドであると私は思う。

 シャープの町田社長はソニーが本格的に市場に進出することで自社にダメージがあることを率直に認めるコメントを以前から出している。それぐらいアメリカ市場でのソニーブランドは強いということである。これは日本でもあてはまるが、私はこれに多少からくりがあるように思う。

 薄型テレビを電気店でもよく見かけるようになり、一般的になったと言ってもリビングに置くような大型タイプはおいそれとは買えない。例えばボーナスが出るとか、暮らしに余裕がある人が大半で年代も少し上の人になると思う。年代が上の方はかつてソニーがウォークマン、ベーターマックス、トランジスターラジオ、トリニトロン管など画期的な商品を提供していた時代に商品を買って他社との違いを味わっていた(商品が持つ可能性を楽しんでいた)世代である。だからソニーブランドに対して信頼や高品位、画期的といったイメージを浮かべると思う。同じ商品があった場合にそうした人はソニーを選ぶ可能性は高く、結果的にそうした要素がシェア1位を後発で獲得できた理由であると私は思う。

 一方若い世代はソニーに対してどのようなブランドイメージを浮かべるだろうか。ソニータイマーという言葉はネットによって広く認知されるようになったが、どちらかと言えば上の世代ほど高品位や画期的とったイメージはないと思う。本来ソニータイマーはアメリカでソニーの製品は部品保持が切れる製造後7・8年を過ぎたあたりで壊れ、耐久性に優れているという意味で使われていたのであるが、現在では逆の意味になってしまった。そうしたイメージが強いのではないだろうか。

 私自身はソニーブランドはあまり好きでない。どちらかと言えば犬の方(Victorですね)が好きである。確かにソニーの製品で画期的な商品を出している事実は認める。しかしあまりにも自分勝手が目立ってしまう点がマイナスである。例えば自社で新しい規格を打ち出し新鮮さはあるが、一方でソニーの製品でしか使えない事はよくある。また規格を打ち出したとしてもあまり普及せずにすぐにやめてしまったものもたくさんある。ユーザーにとっては統一された規格で、どのメーカーでも使えることは一番で、作った規格については責任を持ってもってもらいたいと思う。確かにソニー1社で業界に対しての影響力があることは認めるが、あまりにも身勝手な内容が目立つと思う。こういう理由でソニーはあまり好きではない。

 他の人はどう思うだろうか。あまり考えたことはないかいもしれない。でも店頭を見れば聞かなくともよく分かる。今日、家電量販店のオーディオコーナーを覗いたが、Appleのブースにはたくさんの若者がi-podを手にしていた。一方でソニーブースには人影はまばらである。たしかにソニーの携帯オーディオプレーヤでデザインやバッテリー性能でいい商品はあるのは確かである。しかし壊れやすいのも事実である。またPC上で管理をするソフトの使い勝手もあまり良いとは言えない。ある販売店の方から聞いた話だが、ソニーの営業マンもアップルの隣に並べるのを嫌うというぐらい、シェアなどから見ても、真正面から勝負できない現状である。

 いま携帯オーディオプレーヤーを買っている世代も、将来的には高価(そのときには安くなっているかもしれないが)な商品を買ってもらう消費者となる。そのときに隣に並んでいるメーカーとソニーとの差はほぼない。むしろ壊れやすさ、使い勝手の悪さなどのマイナスイメージが強いかもしれない。いずれにしても昔のようなあこがれはないと思う。

 企業が提供する商品や製品が変わることは当然である。しかし企業が大きいから後追いでもシェアを挽回できる、自社の規格優先が目立つ今の手法をとり続ける限り、短期的な収益改善が進んだとしても未来はもっと苦しいだろう。

 ソニーがどの事業で生き残るとしても残るのはブランドである。その価値を高めるのは提供する商品やサービスが持つ可能性が消費者に受け入れられるかである。それを消費者は堪能しているだろうか。人影まばらなソニーの携帯オーディオブースを見る限り、消費者はアップルのi-podに可能性を感じていると思う。そこから見直さない限り、ソニーはあこがれのブランドとはならないと思う。

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2006年2月21日 (火曜日)

「生協の白石さん」を読んで

 先日いつもの大学近くのカフェでブログのネタを考えながらくつろいでいると、隣のテーブルに座っている女子学生4人が何かを囲んでくすくす笑っていた。何で楽しんでいるか後でマスターに聞くと「生協の白石さん」を読んでいたようだ。そこで何気なく私も後で読んでみることにした。確か読みいってしまったが私は、白石さんの回答よりも、彼の言葉として自分の心境を書いてあるコラムのコーナーで人柄を感じた。

 白石さんの回答が掲載される学生の要望を答える掲示板はどこの大学生協でも大抵ある。私の大学の生協でもあるし、図書館にも学生からの要望を掲載するコーナーはある。先日訪れた女子大や短大でも学校の教務部(大学の統括)にも「自転車の駐輪所を広く」「喫煙コーナーを増やして」といった学生の要望に対しての答えが掲載されていた。今までは気に留めなかったから気づかなかったかもしれないが、結構あるものである。それぞれの掲示板の回答は担当者が丁寧に対応している事が分かり、人柄が伝わってくる。
 
 これはある意味「白石さん効果」なのかもしれない。あの掲示板でのやりとりの姿勢と必要性がブログや書籍を通じて広まったと思う。しかしながら彼ほどユニークに、でもさりげな自分の部署(生協)をアピールする回答には中々出会えない。だから読んでいても思わず笑いが出たり、唸ってしまうのだろう。

 どうしてこうした掲示板が話題になって全国に広がったのだろうか。私は大学の環境とネット社会の要素が絡んでいるように思う。私の大学は地方の大学だが学生の数も4000人を超える。県内の市町村でも4000人も住んでいる自治体は少ない。だからちょっとした町ともいえる。でも大学の学生は毎年入っては出ていくから新陳代謝は激しい。友人の数は100人を超える学生はあまりいないだろう。知っていても同じサークルやゼミの人ぐらい。教授も自分の関わっている教授以外は同じ学部であっても知らない。人こそ多いが知り合いは少ない閉鎖された社会である。

 そんな顔を知らない環境だから要望もなかなか訴えにくい。そこで掲示板は一種の目安箱のような役割で設置したのだろう。普通は単なる要望と答えであって、白石さんのように答えない。でも学生は大学という中で誰かとのつながりを求めている。それが遊び心があいまって、ユニークな投稿となったと思う。

 普通はそういった類の投書には対応しない。でも書いてくれた人にきちんと対応しようとする白石さんは丁寧に回答し、彼と学生とのコミュニケーションが掲示板を通じて出来ている。白石さんの人柄と人とつながっていたい学生。そこで交わされる掲示板でのコミュニケーションは、誰も知らない環境の中でも、人は誰かとつながり、交流をほしがっている証拠だと思う。

 掲示板に投稿する学生と白石さんの回答。そして掲示板を見る学生。このやりとりの関係はネットの掲示板の要素と同じだ。掲載される文章も短く、匿名で書き込みが出来て、しかもみんなに見てもらうことが出来る。見る人もその内容を楽しんで、新たに投稿するだろう。だからネットに慣れた学生にすぐに受け入れてもらうことができ、話題になったと思う。

 そして、白石さんを有名にしたのもネットである。ブログで白石さんの回答を取り上げ、大学以外の一般の人も知るようになり、本まで出版されるようになった。まさにネットに慣れた学生、大学の環境がミックスして成り立っているシステムだと考える。

 ネットであっても掲示板であっても人とのつながりにたどり着き、楽しい話題を人が求めているのはいつも変わらない。こうした点はデジタルでもアナログでもない人間性なんだと読み終えて「生協の白石さん」を今更ながら読み終えて感じた。

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2006年2月 6日 (月曜日)

大学で身につけた考え方とは

 今週私の大学は試験期間である。キャンパスには普段の3倍の自転車が並び、図書館は右を見ても左を見ても大学生がパソコンを開き、資料と格闘しながら試験勉強している。勿論私も講義を受けているからうかうか出来ないが、ほとんど単位を取り終えているから多少ゆとりがある。いつもいつも早くやればこんな苦労をと思うが、危機感がないとどうしても後回しにしてしまう。それは単に私だけではないようだ。
 

 試験と聞くと何を思い浮かべるだろうか。大学入試、徹夜で詰め込んだ試験勉強と色々だろう。私は大学の試験を初めて受けたときに、初めて大学と高校の違いを知ったように思う。

 高校で受けていた試験は、それまでの授業で出た内容がきちんと出されている。例えば解き方をそのまま使えば答えが出てきたり、暗記すれば空欄を書き込めたり。問題数はそこそで、何十点も配分された問題は比較的少ない。そんな試験スタイルに義務教育と高校と慣れてきた私にとって大学1年生の1学期に受けた大学の期末試験は新鮮であった。問題はわずか2問。それだけで半年の成績が決定する。問題は記述式。それまで考えられなかったテキストや資料、自作のノートは持ち込んでも良い。ただ授業を通じて貴方はどう感じたかを論ずる内容であった。そのときに「さすが大学の試験」だと唸ってしまった。

 教授は講義の中で理論の考え方や実例を紹介する。勿論その理論の概要を説明する問題はある。しかし問われているのは自分自身はどうそれを捉えるかである。そのためにはその理論についての知識と自分なりの視点が問われている。つまり模範解答があるが、それが絶対ではないということだ。だから講義の時に配布された資料やノートを持ち込んでも良い。そこには完全な答えは存在しないと考えた方が良い。勿論採点する教授は点数を付けるポイントは準備している。そしてどの程度理解し、どう答えを導き出したかを見ている。そのため関連する文献を読んで、材料を集めて、法則を探りながら理屈で塗り固めていく。

 私の分野は社会科学であるから、理学系の学部とは異なるからそういった方向に早く気づいたかもしれない。ただこれは自分のアイデンティティーを築く上でも重要だと思う。目の前の事象に対して貴方はどう思うか、これは常に問われることである。しかしいつも正しい答えがあるとは限らない。むしろこれからはイレギュラーな出来事が多いだろう。今までの常識は通用しない事はよくある。そしてそれらが新しい常識を作り上げていくのだろうから。そうなると自分の中の価値観が重要になる。その中から自分はこう思うという判断が生まれ、それが個性として表れてくる。

 しかし個々で重要なのは自分自身に価値判断の基準があるかどうかである。例えば二者択一の相対評価だと判断しやすい。つまりAよりもBの方が良いという判断である。でもそれだけで善し悪しを判断できるだろうか。Aにも優れた点があり、Bにも劣っている点もある。そうなるとA・Bそれぞれを幅広い尺度から判断する必要がある。これが絶対評価である。あなたの趣味の分野や専門分野で、人からこれはどうだろうか?と問われたときに、単に何かと比較するのではなく、そのもの自身の良し悪しを判断できる事が誰しもあるはずである。それは自分自身の経験で良い悪いを判断できる尺度を持っているからである。その尺度は単なる情報や知識だけでなく、信頼できる人の話、実際に味わった体験などその人だけのオリジナルなものである。だから同じ結果が出たとしても、導き出された課程はそれぞれで異なる。たどり着いた頂上(結果)は同じだが、ある人は東から登り、ある人は西から登ってきたようで、それぞれのたどり着くまでの道は、その人の感性がにじみ出ているから面白い。私は大学の試験の難しさと同時に、知的な学習のおもしろさを味わいながら答案を書いたことを覚えている。

 私はそれまでの教育の中で、自分の意志をきちんと順番に説明していく事はそれまでには余り無かったように思う。例えばディベートやプレゼンテーション、小論文など機会はいくつでもあるはずである。あまりに答えが確実に決まっている事しか求められていない教育を受けていたのかもしれない。しかし自分の意見はきちんと持つべきである。そこで自分の考えを深め、人の考え方を知り、より幅広い考え方を身につけられるだろう。そのための訓練として教育は重要であると思う。でなければ物事に無関心で、自分の考えのない薄っぺらい存在であったかもしれない。そうでなければ好きか嫌いという意識のレベルでは意思表示は出来るかも知れないが、単に受け身でリアクションしか取れなかったと思う。自分からどう考え、行動するのか、アクションも身につけるべきで、両面があって初めて他人の意見を受け入れ、自分の意志を示し、自分の価値尺度も作ることが出来るだろう。

 日本人は自分の意見を言わないと言われてきた。確かに何でも言葉で伝える文化ではない。しかし、自分の考えをきちん持っていなければ、言うべき事と言わなくてよい判断はつかない。そしてそれは日々の鍛錬で身につけてゆくことである。単にプレゼンのようなステージに引っ張り出せば身につくものでもない。自分で考え、人と共に考え、関わり合いながら身につける教育である。それは学校だけでなく、家庭や社会など色々な場所で行える。これは人が社会と関わる意味でもあると思う。

 今試験対策で必死な人にはそうした考える暇はないだろう。でも試験から学んだことが直接社会で役に立つとはあまり思わない。むしろそうした考え方に対して自分はどう考えたが、それが自分らしさを作っていくことだと気づいたとき、本当の大学生になったと気づく時かもしれない。

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2006年2月 4日 (土曜日)

マリモ茶から見る人の騙され方

 先日、私の好きなテレビ番組「無意味良品」http://www.bsfuji.tv/muimi/
を見ていた。この番組は世界中から集めたくだらない無意味な商品を取り上げていくもの。どうしようもない商品からなぜ作ったのかわからない商品まで消費社会の一面を伺わせる内容である。(勿論バラエティーです) 私の見た中で少し面白い事があった。それは無意味な食べ物に関する事。その放送で北海道の阿寒湖名物のマリモに関する商品を取り上げていた。特に私が気に入ったのは「マリモ茶」
 http://www.sugiyama1904.co.jp/blog/diary/archives/2005/07/post_113.html
昆布茶で、お湯を入れるととろろ昆布を丸めたものがマリモに見えてくる商品。それをゲストが飲もう口を近づける前すると一斉に「うぇー」と奇声を出してしまう。「掃除し忘れた金魚鉢の水」「釣り堀の水みたい」というコメント。確かに色合いは緑茶よりも緑が薄く、釣り堀や金魚鉢の水のようである。しかし「昆布茶です」とアナウンスがあるとすんなり飲んでしまう。お醤油を入れて「昆布ダシですね」というコメントにまでなる有様。こんな変な出来事はよくあることである。例えば何も知らされず芋虫を食べて、「おいしい」とコメントしてから知らせると吐いてしまう光景は何度が見たことがある。ではどうしてこんなことになるのだろうか?

 人の感覚器官は目・鼻・口・耳・触覚と5つ。これらはどう人に働きかけるのだろうか。私は1目・2耳・3鼻・4口・5触覚と順位をつける。これは刺激をどれだけ遠くから受ける事ができるかでつけている。口や触覚は実際に触れてみないと感じない。しかしそれだけでは腐敗して危険なものかは判断できない、そうなると鼻は少し高級な器官である。つねに口に入る食べ物を監視している。それだけでなく周辺で食べ物や危険な気配を察知する。しかし臭いだけが危険を示すとは限らない。何かが動けば大抵音がする。だから音が重要になってくる。昼寝をしていても調理の音がすると誰もがキッチンに立ち寄るだろう。静かな夜に外で変な物音がすると一斉にそちらに神経が向かう事はよくあるだろう。しかし音だけで変化を捉えるのも難しい。そうなると目が必要になる。すると変な物音の正体が「野良猫」だった事が分かる。

 察知する能力からすると私が挙げる順番で当たっていると思う。遠い距離からも情報をつかめるから情報量は断然多くなる。でもいつも情報が多いとその環境で溺れてしまう。そして進化の歴史から見ても遠くから察知できる器官程、完成度合いが低い。その一方で偽物でも済むからコピーもしやすい。そういえば学生の娯楽はいつも目を使うものだ。麻雀、テレビゲーム、インターネット、プリクラ、携帯・・・複製もしやすく安上がりだ。耳もCDもかなりの音質で3000円で済んでしまう。生演奏はもう少し張るかもしれないが、聞き比べをする程高級な耳を私は持っていないから十分だ。でも口やにおいはそうはいかない。やっぱり良い食材は値段が高く、それなりの腕も必要だ。シルクの素材は肌触りはナイロンとは違う。

 ここで重要なのは情報に鋭い器官、鈍い器官があっても最終的に判断するのは頭脳であることだ。どんなに器官が拒絶反応を示しても、頭脳が判断すれば受け入れてしまう。例えば健康のためマズい薬や青汁を飲むのは、人間だけであろう。私が見た「マリモ茶」もにおいは多分ないから、色合いで、金魚鉢や釣り堀を思い出してだまされたのだろう。飲んだ後も好印象だったのも味は昆布の味だったからだろう。

 一流シェフの触れ込みや雑誌の論評よりであれこれ食べるものを選んでいるよりも、焼肉やウナギの蒲焼きのにおいがしてくると思わずそちらに足が向かうのも無理のない、理にかなっているようである。これは食べ物だけではない。見た目がかっこよくても性格が伴っていない人もいる。それにだまされる人も多いのも事実。見た目にだまされないように、他の感覚(この場合には心も当てはまる)を研ぎ澄ます必要があるようだ。そして自分の感覚を上手く活用する理性を大事にするべきだろう。情報が洪水のように押し寄せる現代はとてもそれが重要で、へたをすると誰かに誘導されてカスを掴まされる人も多い。そこで欲望などが複雑に絡むから危うい所にも足を踏み込んでしまう。(ある意味ライブドアで被害を被った人はそうかもしれない)情報に対しての自分がどう捉えるか。人は自分の見たものを真実だと思ってしまう。そのためには偽物で満たされない、本物に触れ、良いものを味わい、感性と理性を磨く事が大事だと思う。 

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2006年1月 6日 (金曜日)

数字のトリック

 今日は数字のトリックについて記したい。この寒波でGDPが0.15%上昇するそうだ。GDPは経済活動によって利益の大きさを示す。しかしこの数字が増えたところでそうなるというのだろうか。消費が前倒しになっていればいずれしぼんでしまう。大雪報道に関連してニュースと取り上げていた。この数字は私にとって、また雪下ろしでへとへとに人にとっても無意味。報道であれエコノミストであれ、他人事は所詮他人事。卓上の数字のむなしさをテレビを見ながら感じた。
 

 数字で私が納得しないのが食物自給率である。日本の穀物自給率は30%台である。これはあくまでもカロリーの摂取率から求められたもの。1年間で購入した食品の内、国産で自給している比率で見れば自給率はたったの15%にまで低下する。もちろんここまで自給率が下がったのは、肉食・パン食など食べ物の変化に対して生産の転換が間に合わなかったり、そもそも生産量が少なかったりする要因など様々な原因がある。これを国はカロリーベースで40%まで戻したいらしい。農業従事者の高齢化やさらなる輸入増加など本当に出来るのだろうか。大いに疑問だ。でも本当に自給率40%なのか?私は常日頃思う。
 

 例えば日本で唯一自給率100%の食料はお米である。しかしこれは本当に100%でない。米を苗から育てている農家はかなり少ない。JAから苗を購入し植え付けをしている。その苗を育てるシステムは暖房などの温度管理に使用されている燃料。耕耘機で田畑を耕し、苗を植え付け、刈り取る。耕耘機の燃料も勿論輸入されている。田んぼにまく農薬や肥料も原料の石油や飼料なども輸入されている場合が多い。つまり100%国内産でも、生産のために必要な原料は燃料は輸入によって成り立ていることまで自給率には考慮されてはいない。そこまで含めて自給率の意味を考えるべきではないか。ただ数字だけを上げるだけではお粗末に思う。
 

 他にもこんな事例がある。失業率は景気が良くなると一時的に上昇することがある。少し変に思うかも知れない。失業率は実際働いている人を分母にして失業中の人を分子にして求められている。つまり景気が良くなれば失業者は減るから失業率は低くなるのにどうしてそうなるのか。そこに数字のトリックがある。失業者のカウントは主にハローワークにて仕事を探している人で、1ヶ月以上仕事をしていない人が対象となる。元々仕事を探していない人、例えばニートなどはカウントされないのである。でも景気が上向いてきて仕事があるという情報が耳に入れば、仕事を探していない人もハローワークに通うようになるだろう。こうなると失業者の人数が増えたことになり、失業率は増える。実際に景気が良くなって急激に失業率が高まることはないけど、数字の上下に一喜一憂する必要性がないと思うと、テレビの向こうで現状を嘆いている悲観論者のコメンテーターが薄っぺらく見えてくるのではないだろうか。
 

 数字で色々なことは定義できる。だから色々なところで利用され便利である。でもその数字はどうやって計算されて出されているのか。きちんと知らないと意外とその落とし穴に気づかずに論点がずれてしまうこともよくある。昨年年金議論が進む中で出生率が1,29だと発表されて色々な波紋を広げた。でも出生率にカウントされない奇形児もいるのだ。しかも出生率は大正時代から減少の傾向にあったのだ。少し過度な数字が出ると、本来数字が持っているいるはずの意味が置き去りにされてそれだけが走ってしまう傾向がある。例えば就職3年以内の離職率を大卒3割、高卒5割、中卒7割という数字から七五三と呼ばれている。それとニートやフリーターと絡めて論じている人もいる。確かに現実はそうなのだがこの七五三の傾向はバブル景気以前からあった現象で今に始まったことではない。もう少しそういった意味でも数字の上がり下がりに動じることなく、きちんと本質を見極めて判断が大事であると思う。

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尊敬の師

 歴史上の人物、先生、上司、友人、あるいは親。尊敬できる人はそれぞれの中にいる。私の場合身近な人が多い。それはその人の生き方に学びたいと思うからである。だから私の場合尊敬の人は人生の師匠でもある。だからその人が許す限り私は師匠をあえて呼んでいる。今回は私の師匠を紹介しながら人の生き方を考えてみたい

 私の師匠はバスのドライバーをしている。私が知り合ったのは高校の時である。当時は片道一時間バスで通っていた。山間の過疎の町を走る最終便のバスには、いつも私と数人の乗客しか乗らない。ドライバーも、乗客がどこで降りるか知っている。もし降車ボタンを押さなくとも止まってくれるぐらいの間柄である。その日、私が帰りに乗るバスには他に乗客もおらず、私はバスに揺られながら、日が暮れゆく見飽きた景色をただ見つめていた。そのときドライバーの人が声をかけてくれた。その人が今の師匠である。暇つぶしに話すつもりが、話が弾みいつの間にか私が降りる停留所に着いていたことを覚えている。自分が日頃疑問に思っていたことを話すと、すぐに返事が分かりやすく返ってくる。このおもしろさに惹かれた。こうして師匠が私の路線で運転するときには色々な話をして師匠の生き方を教わった。

 とにかく師匠は忙しいことを住処とする人である。バスのドライバーは変則な勤務である。朝一番の便の日もあれば夜遅い日もある。ローカル路線であるために、最初に乗る便と次の間が4~5時間ぐらい開くこともある。たいていの運転手はその間にバスを掃除したり、営業所でテレビを見たり、あるいはパチンコに出かける人も、比較的のんびりした仕事である。しかし師匠は違う。時間が少しでも開くと自宅に戻る。自宅で盆栽の手入れをするのだ。それだけではない。自宅の庭には盆栽以外にも畑、養蜂、木工作業などのスペースがある。養蜂は日頃から掃除をし、巣の状態を確認する。畑も自宅の裏庭でその時期の野菜を作る。木工は2年程乾燥させた木材を使い、テーブルや養蜂の巣を作る。まさに多趣味な人だ。これほど色々なことを器用にこなす人は私は知らない。それだけに留まらず、山に出かければ山菜やキノコ狩り、海に出れば釣りを楽しむ。子供の時から色々なことをしていたそうで、師匠もぼーっとテレビを見るより何かしていた方が充実感があっていいと話していた。同僚の運転手の方に聞くと「あの人は忙しいのが生き甲斐で、何かしていないと落ち着かない」そうだ。

 仕事に余裕があるからこういう事が出来るのかも知れないと言うかもしれない。しかしやるからこそ出来るのである。意外と時間というモノは自分でコントロールすれば何とでもなるものである。私も少しでも時間に余裕があれば何か出来るのではないかと、ちぐはぐなブログを師匠の姿を想像しながら始めた。師匠は去年からパソコンを始めた。息子が昔買ったハードが自宅にあるそうで、「今度教えて」と言われている。定年は過ぎているのだが、好奇心を常に光らせ新しい分野を開拓しようとしている。時間がないと嘆いても時間は出来ない。やれば少しは出来るのだ。だからと言って仕事の手は抜かない。師匠は他のドライバーより忙しい。通常の勤務以外にも観光バスなどの運転で全国各地に行っている。休日・祝日も仕事が入る事も多々ある。でもそれぞれの分野にこだわりをもち妥協はしていない。この姿勢を私は見習いたい。

 こんな師匠はもうじき退職するそうだ。退職後はどうするのか以前尋ねた事がある。師曰く「木工や盆栽で人から頼まれているから、一層忙しいだろう」とのこと。常に妥協をせず前身する姿。だからこそ人に認められるのであろう。サラリーマンを退職後、することがなく認知症になる人がいるそうだが、この人には無縁であろう。むしろ多忙すぎて心配になるところだが、自分の好きなことをやっている師匠の顔には自然と笑みがこぼれている。そうした姿を見ると取るに足らない心配を私はしているとつくづく思う。

 江戸時代には40歳になると老入といって隠居後の楽しみの為の習い事を始めたそうだ。唄や三味線、盆栽などを習ったそうだ。隠居、つまり退職し現役を退くと縁側で猫と一緒にのんびりするイメージがあるがそうではなかったらしい。勿論当時は寿命も短かっただだろうから早めに準備を始めたのだろう。私も就職する前からあれだが自分の好きな分野が増えればいいと思うし、師匠の人としての生き方も学びたいと思う。だから卒論が出来上がれば師匠に本格的に弟子入りしようと思う。ただ師匠も頑固だからすぐには教えてくれない。だから名目は師匠にパソコンを教えるということにしておこう。

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2006年1月 4日 (水曜日)

依存と自律(自立)と孤立

 このブログを読んでいる人に聞きたい。今日のタイトルの言葉の内、好きな言葉はどれだろうか。おそらく依存が好きという人はいない。孤立を選ぶ人は少し寂しい人生を送っているかもしれない。だからすんなりと自立を選ぶ人が多いと思う。あなたはどれかな?今回はこの言葉が持つ表裏一体の関係について記したい。

 誰でもそうだろうが、私も早く親から自立しないさいとせがまれる。確かに経済的に自分だけで生きてゆくことは立派なことである。武家社会なら14歳で元服し、大人の仲間入りする。私は今21歳。戦国時代ならどうあるべきか。馬を乗りこなし、砲術を学び、謀略のイロハもつかんでいる頃である。しかし現代で生きるにはまだまだ未熟な年頃である。自分も奨学金で大学に通っている身。早く就職して自律したいと常日頃思い悩む。その辺も相まって親からの自立を促されると耳が痛くなる。

 自立にはもう一つ自律つまり自分で律するという言葉がある。自分の意見で自らを決めるこれが本当の自律である。その裏返しで自分で決めず、他人の決定に頼り切ってしまうのが依存である。ちょうど日本とアメリカのような関係だ。同時多発テロが発生し日本は直ちにアメリカの姿勢に賛同した。自分はこう思うから決定したという方針は小泉首相のそのときの声明からは伝わってこなかった。アメリカがそう言うからそうする。依存しているとこうならざる得ない。もし刃向えばロッキードのようなスキャンダルでは済まされない。石油供給、軍事など日本の安全保障に発展するかもしれない。私に思いつかないぐらい、政府の高官の人々なら日本が意志決定を出来ない理由を並べるだろう。でもきちんと自分で決めた上で選択しなければ、自分の首を自分で閉めることになることぐらい考えてもらいたい。

 いま自立を迫られているのは私だけでなく、都道府県・市町村も同様である。しかしそれは単に自立ではない。孤立の方向性に進んでいるように思う。自律するには自分にで生きていける手段が自らになければならない。市町村なら自分たちの行う仕事にかかる費用は、自分たちの町から集める税金で成り立つ、これも一つ自律した町と言える。地域の課題について自分たちで取り組む。これも自律した町の要素でもある。しかし、地域によって産業構造はバラバラで、人口にも偏りがある。その一方で決められた仕事は全国一律でどの市町村も行わなければならない。またその地域の災害など取り組むべき課題は様々だ。それに対する費用も異なり、実際に本当に財政的に自立している地域は唯一東京都だけである。その他の都道府県と市町村の多くは、国から集めた税金を地方に振り分けている。これが地方交付税、つまり仕送りによって地域の補完を行っている。この間までもめていた三位一体の改革はこの仕送りを減らして国で集めている税金を地方に回す。そして国からの補助金を減らすというものだった。でも考えてみよう。元々税収が少ないのに税源を渡されてもほとんどの地域がそれだけではやっていけない。地域にあった行政の仕事の振り分けなどを考えるべきでないだろうか。今多くの自治体で財源不足で四苦八苦している。仕事を押しつけてお金は回らない。これでは地域は冷え上がってしまう。まさに孤立に向かおうとしている。

 その一方で市町村合併した地域には存分に国に依存できる環境を整えている。合併すると地方交付税つまり仕送りはそのまま、さらに新規に合併特例債つまりローンを組める。だから多くの町が市町村合併に走った。私の先生は合併特例法の期限ぎりぎりで合併する地域を夜逃げ合併と比喩していた。刃向かえば孤立、飛び込めば依存。地方・地域の自律はどうすればいいのか。そもそも国と地方の役割ぐらいから考え直さなければ無理ではないか。勿論地方も多くの無駄遣いをしてきた。双方の誤りを認め、どうしたら良くなるのかを向き合うことから始めることがこの国の政治に必要なのではないだろうか。人によって能力に差があるように、都道府県、市町村にも規模や職員数など異なる。小さい町村は県と共同で行政活動(例えば道路や福祉など)を行ったり、大きな町には権限を与えて取り組んでもらうことが必要だと思う。

 自分たちの事は自分たちで決定し、実行できる。これが本当の自律である。なんでもアメリカの言うとおりの依存や、自分勝手な事ばかりやって外国に相手にされない外交の孤立。これでは本当に独立国家と言えるのだろうか。親に経済的に依存し、家からあまり外に出ないで孤立になっている人をニートというが、日本の政治もニート状態になっているのではないかと私は思う。

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